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苦しいだけでも、やめたくない恋がある。

by ほしゆき

大人になってから、想いを抑えきれなくて苦しむような一世一代の恋愛なんて、全然するつもりじゃなかった。

学生時代みたいに大失恋に対応するメンタルもないし、引きずりまくって婚期を逃したくもない。

仕事に支障が出るのも嫌だし、

自分で自分をコントロールできなくなるリスクが高すぎる。

だから、勝率の低い恋愛なんてはじまる前から避けてきた。

「ハルー、今日ランチ空いてる?あそこ行こうよ、話してた蕎麦屋。」

「…先輩」

「先輩呼びやめて(笑)」

「部活みたいじゃん」って言いながら、心地悪そうなのにクシャッと笑い顔を見せるこの人を、わたしはうっかり好きになってしまった。

叶うわけないのに、ほんと、うっかり。

「もう呼びなれちゃったんで。ランチ空いてますよ、12:30でいいですか?」

「おっけ!じゃあまた後で」

「はーい」

なんとも思ってないような表情をキープして、

先輩がデスクに戻った瞬間、プハッと息を吐く。

──入社したときからずっと、先輩は同期のなかで有名だった。

爽やかな塩顔イケメンだし長身だし、3年目にして大きなプロジェクトリーダーに選ばれていて、仕事の早さと質の高さは部署内でも抜きん出ていた。

普通なら僻まれたり憎まれ口叩かれてもいいくらいのポジションなのに、彼のことを悪く言う人を社内で見たことがない。

なんて言うか、“中心にいるのが似合う人”だ。

努力家なのに、謙虚で柔らかいから人を惹きつける。

そんな3つ上の先輩が近くにいれば、そりゃあ誰でも憧れる。

学生時代から付き合っている彼女がいて、そろそろ婚約を考えているみたいだし、こんな新卒のちんちくりんが恋をしたところで、無謀にもほどがある。

……でも、もう好きになってしまったんだ。

仕事の合間のランチに誘われただけで、頬の緩みを隠すのがむずかしいくらい。

彼の言葉に、一喜一憂させられてしまうんだ。

時計が12:30をまわり、先輩が財布を持ってデスクから立ち上がるのを見てから、私も席を立つ。

今日行くお蕎麦屋さんは、1ヶ月前の雨風が強い夜に残業していた私を見つけて、先輩が車で家まで送ってくれたときに話題になったお店だった。

わざわざ後輩の残業が終わるのを待って家まで送ってくれるなんて、状況だけ見れば「先輩も私に気があるのでは?」と自惚れてしまいそうになるけれど、

彼の場合、そんな可能性は微塵もない。

私を気にかけてくれるのは、自分のプロジェクトメンバーになった唯一の新卒が私だから。

右も左も分からない後輩が不安にならないように、いつも優しく接してくれる。

車で送ってくれたのだって、帰り道の方向が同じだったからだし、一部の電車が運休になるくらいの悪天候だったから。

そういうわけで、恋人に愛されている彼が、私を恋愛的に見ている可能性は万に一つもない。

そのくらい、ちゃんとわかってる。

無遠慮で人に優しくしてくれるイケメンって、本当に罪深い。

「おーい、ハル。注文決まった?」

「あ…、まだ迷ってます」

「どれとどれ?」

「うーん…天そば食べたいけど、天ぷら全部食べきれなそうだから、とろろそばかな…」

「いいよ食べきれなかったら俺が食べるから、天そば頼んだら?」

「えっ、」

「すいませーん、注文お願いします」

……あぁ、もう、どうしよう!!好き!!!

こういうことサラッと言うの、ほんとずるい。

ただの後輩ですよ。恋人でもなんでもないのに天ぷら残したら食べてくれるんですか!

店員のおばちゃんにも丁寧な言葉遣いをするところも好き!

「…なに、じっと見て(笑)」

はっ、熱のこもった目で見過ぎた。

「今更なんですけど…先輩ってめちゃくちゃモテますよね」

「えっ?モテないよ俺。言い寄られるとかぜんっぜんないし」

言い寄られないのは、高嶺すぎるからですよ。

彼女も美人すぎるし、恐れ多いんですよ。

「部屋もすごいセンスよさそうだし、料理も上手そうだしなぁ…」

「どうした急に(笑)家具にはこだわるけど、料理の腕はそうでもないよ」

「昨日、なに作ったんですか?」

「昨日…?あ、とんぺい焼き」

と、とんぺい焼き…

「めっちゃ庶民!(笑)」

「なんだよ庶民だよ(笑)どういうイメージ持たれてるんだ俺は」

「ふふっ、そういうところが好きです」

───あっ

「お待たせしました〜!天そばと鴨南蛮です〜」

やばい、盛大に口を滑らせた。

背筋にヒヤッと冷たいものを感じた途端に、あらわれたボリュームたっぷりの天そば。

や、やばい。顔があげられない。

「おぉー、美味しそう」

「で、ですね」

「…ハル、そんな照れられるとドキッとするからやめて(笑)」

!!!!!!!

「あ、あの!あれですよ、先輩としてって意味ですよ!!」

「わかってるよ(笑)」

わ、わかってる……

ですよね、そうですよね

っていうか、好きな人の前で蕎麦食べるって難易度高いな。今更気づいた。おまけにお昼から天ぷらって、可愛げのかけらもない。

…先輩はSNSに恋人を載せたりしないけれど、インスタに写っている友達の女の人たちは、みんなスタイルが良くて、美人で、どちらかと言うと黒髪でモード系な雰囲気。赤いリップが似合うようなね。

そういう人が、恋愛対象なんだってわかってる。

154cmで童顔で、白いTシャツとスキニーデニムだけのシンプルな洋服じゃなんの絵にもならないわたしとは住む世界が違う。

少しでも近づきたくて、黒髪にして前髪を眉上で切ってみたりもしたけど、お世辞にも似合っているとは言えなくて。

鏡に映る自分自身を、わたしはちっとも好きになれなかった。

失敗に終わったイメチェンも、先輩は「かわいいじゃん!」って言ってくれたけど、本当は綺麗だねって言って欲しかった。

女性として、ドキッとしてもらいたかった。

そんな空回りをしてしまうくらい、「振り向いてほしい」って欲を抑えられなかった。

「ハルはさー、素直でいいよね」

「そうですか?」

お蕎麦を食べた帰り道、アイスコーヒーを片手に会社までの道を歩きながら不意に褒められる。

「うん。わからないことはわからないって言ってくれるし、1人でパンクする前にちゃんと教えてくれるでしょ。頑張り屋だけど、意固地にならず素直でいてくれるから、すごい助かる」

「…嬉しいです」

「うちのチームに来てくれたのがハルでよかったよ、頼りにしてる」

頼りにしてる、なんて…一番頼りないわたしに言ってくれる。

何もできないなりに、チームの足を引っ張らないように、コミュニケーションに気を使いながらも教えてもらいに行く姿を、ちゃんと見ていてくれている。

好きです。

でも、そんな言葉をちゃんと口にしてしまったら

きっと少し困った顔をして、優しく「ごめん」って言うに決まってる。

だから言えない。困らせたくない。

一番何もできない奴に、気を使わせたりしたくない。重荷になりたくない。

どこにもぶつけられないのに、

もうはち切れそうなくらい想いばかりが膨らんで

そのうち呼吸困難になりそう。

叶わない恋の沼に、まんまとハマってしまった。

憧れの人が憧れのまま、ずっと遠くに居たままなら楽だったかもしれないけれど

わたしの天ぷら食べてくれる昼休みなんて、一生訪れなかっただろう。

とんぺい焼きを作ってるなんて夢にも思わず、白ワインを嗜んでる想像をしていたんだろう。

だから過去をやり直せるとして、

この無謀な恋に振り回されている時間を、新しい人との恋に代えられる選択肢を差し出されても

「肩に花びらついてますよ」って、

笑いながら触れられるこの世界をまた選びたい。

こんなに好きになった人に、

選ばれる未来がなくても。

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