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「人生最後の恋」は君がいい

by ほしゆき

わたしの彼は、正直に言ってエスコートが下手くそだ。

わたしがGoogleマップをひらくまえに、「こっち」と手を繋いだまま進んでくれるのは嬉しいのだけど、高確率で道に迷う。ようやくレストランにたどり着いても、想像以上にフォーマルでセレブ感のあふれる店内を目にした途端、コントなの?とつっこみたくなるほどに動きがカチコチになってしまう。

カッコ良い姿を見せないと、と思えば思うほど裏目に出てしまうタイプだ。

彼と付き合うまえの私なら、そんな男性にときめくことなど天地がひっくり返ってもあり得なかったと思う。だけど彼は、わたしの天地をいとも簡単にひっくり返してしまったのだ。どれだけエスコートが下手だろうと、空回っていようと、すべてが「かわいい」に変換されてしまう。

彼はいつも、事前に「〇〇駅〇〇出口で待ち合わせよう」とLINEをくれる。駅からお店までの道を前日に調べて、1番便利な出口をわたしに教えてくれるのだ。些細なことだけれど、2人の時間を心待ちにしてくれているんだって気持ちは、このメッセージだけでじゅうぶんに伝わる。

彼のそういう、素直で、一生懸命なところが愛おしい。

この前まで「バレないサプライズを仕掛けてくれる男性が最高」だなんて言っていたくせに、なんて調子のいい女だろう、でも恋とは往々にして、そういうものではないか。

……そういう彼が、今日は一度も地図を見直すことなく、わたしをあるケーキ屋さんへと連れてきた。

「ここの冬限定プリンがおいしいんだよ。一緒に食べよ。」

そう言ってふんわりと笑った彼は、いつもどおりの、わたしの好きな彼だったのだけれど、わたしはピタリと足を止めた。

手を繋いでいたから、クッと後ろに引っ張られるかたちになった彼は、頭にはてなマークを浮かべながらわたしの顔を見る。

「…どしたの?」

普段は自分から甘いものを食べない彼が、わたしと初めて一緒に降りたった街のケーキ屋を知っている。しかも、期間限定のスイーツを知っている。もっと言えば、味まで把握している。

"元恋人"

この単語が頭によぎるまでに、時間がかかるはずもなかった。

付き合う前に、「吉祥寺は前の彼女が住んでた場所」と言っていたことを思い出す。

めんどうくさい女だと思う。過去は過去だし、他意はなく「プリンが好物なわたしのため」に彼がここに連れてきたことはわかっている。それでも、だ。

元彼女から教わった「おいしい」を、わたしに転用しないでよ、と思ってしまう。

「…ごめん、ちょっとお腹いたくて」

「えっ、大丈夫!?」

わたしが過去に気づいてしまったことなんて、1ミリも頭にないだろう。不器用でバカなところが好きなのに、いまはその鈍感さが腹立たしい。心から誰かに惚れてしまうと、幸せな反面で、めんどうくさいことばっかりだ。

結局わたしの仮病を心配した彼は、ケーキ屋に二度と目を向けることなく「安静にしたほうがいいから、うちに帰ろうか」と提案して、胸を痛ませながらもわたしは静かにうなづいた。

帰る途中、彼はコンビニに寄ってホッカイロと、あったかいレモンティーを買ってくれた。「ミルクティーと迷ったんだけど」と言いながら、差し出されたレモンティーを受け取る。

わたしの好きな飲みものが、ミルクティーだということを彼は知っている……のに、レモンティー?と思いながらよく見ると、期間限定のボトルで、プーさんがたくさん描かれていた。

「プーさんが好きだ」と教えたことはない。

「プーさん好きでしょ?癒されたほうが、痛みもラクになるかなと思って、気やすめだけど(笑)」

と彼は笑う。なにも言わなくても、わたしがよくプーさんのハンカチを使っていることに気づいてくれていたんだ。

そう思うと、胸がぎゅっとなって、一瞬でも腹立たしいと思っていたわたしは遥か彼方へ。

もういますぐ抱きついてしまいたかったけれど、人通りの多い道だからグッとこらえる。

そのかわりに「ごめんね、お腹痛いの嘘なの」と、ポツリとつぶやいた。

「へっ?」

その言葉をしっかり聞いた彼は目を丸くする。

「え、お腹痛くないの?」

「…うん」

「なんだ、よかったぁ…!」

気の抜けたふにゃふにゃっとした顔で笑いながら、彼は「よかったよかった」とわたしの背中をさする。

「え、怒らないの?」

「え?」

「ごめんなさい、嘘ついて」

「いいよ、そういう時ってあるじゃん」

言いたくない理由があるんだろうな、となにも疑わず信じてくれる彼の優しさに、じわっと涙が浮かぶ。

ごめんね、元彼女に嫉妬しましたなんてことは、やっぱり言えそうにない。

言葉をつまらせたわたしの手をぎゅっと握って、「寒いからかえろ〜」とわたしのご機嫌な笑顔をくれる。

「なんでそんなに優しいの?」

「えぇ?ふつーだよ(笑)」

「ふつーじゃないよ、世界一やさしい。」

「あはは、ずっと好きでいてほしいなーって、思ってるだけ。下心でごめんね?」

「……うわーーん、好き!!」

あぁ神様、願わくば、

いつか彼をわたしの旦那さんに、なにとぞ。

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