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「来世ではちゃんと捕まえててよ」

by ほしゆき

「本音を言えば、俺さぁ、お前と結婚したかったよ」

「……は…?」

大人は、なんで口に出さないことが上手になってしまうんだろうね。

遠慮して、押し殺して、ずっと心の奥底に熱を帯びていた想いを勝手に諦めることすら上手になって。

「いま、とんでもないこと言ってるってわかってる?」

「はは。」

ほんと、嫌になるよ。

肌にまとわりつく夏夜の風を受けながら、静まり返った隅田川沿いを“酔い覚まし”と称してふたりで歩く。

「聞かなかったことにする」

「…ふは(笑)あぁ、そうしといて。夏だし、仕事疲れたし、けっこう酔ってるし」

私は、けらけらと笑ってみせるこの男の、はじめての彼女だった。

……なんて、そんなのもう何年前の話?って感じだけど。

「これから入籍するって男が、そんなんで大丈夫なわけ?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。」

プロポーズしたって、風の噂という名のSNSで知ってしまった。

連絡したのは私からだ。もう何年もタップすることのなかった名前を、わざわざ電話帳から探し出して、SMSメッセージまで使って。

なんにも知らないようなフリをして、「なんで?」って言われた時ようの嘘の理由まで考えた。この男と、たった一度の、そして最後の、ご飯を食べるために。

「……帰ろ。終電なくなるし」

残念ながら「おめでとう」を言えないほど、私はもう幼くなかった。

久しぶりに再会して、ぎこちない世間話をして、料理が運ばれてくる前にはすでに4.5回「おめでとう〜!!」と笑ってみせたし

ちゃんと、そこそこ可愛い笑顔だったと思うよ、我ながら。

「…?なにしてんの?」

帰ろうと言ってるのに、足音が聞こえないから後ろを振り向くと

まだ彼はそこに突っ立ったままだった。

「おれ、結婚すんだよね」

「はい?(笑)知ってるよ、むしろ今日の話題ほとんどそれだよ(笑)」

「…………」

「……ほら、帰るよ」

「……おー。」

なんで…いま、ためらうの。

頬を赤くして、“酔い覚まし”が必要なくらいお酒の力を借りたって

私たちは隅田川からあっという間に駅にたどり着ける。そのくらい、自分で歩ける大人になってしまっていた。

「じゃあね。」

もう二度と、ふたりで時間を共有することはない。

「ん、気をつけて。」

背中を向け合う瞬間を、ためらったりしてはいけない。

先に背を向けたのは私だった。

いつだってそうだ。ふたりでいるとき、決めるのは私。付き合うのも、別れるのも、「久々に再会したい」と切り出すのも。

まだ変わってないんだね。

そーゆーところが、嫌だったんだよ。

「なにが結婚したかっただよ、バカじゃないの…………」

君の遠慮は、愛情だって、

そんなの最初っからずっとわかってるよ。

切り出せない瞳が揺れる瞬間にあるのは、失う怖さだったって、ずっと知ってたに決まってるじゃん。

私がなにも言わなければ、別れることもきっとなかった。その関係が、耐えられなかった。

……本当は、拒否されても良かったよ。いつだって。「俺はこうしたい」って。嫌いになんて、1ミリもならなかったよ。

でも君は今日も、「帰りたくない」とはやっぱり言い出さなかったね。

もう戻れないところまできて、もう一生手を繋げないところまできて、一緒に歩くのすら言い訳が必要な関係になってから

「結婚したかったってなんだよ……」

やっと意味不明なわがままを、私にぶつけるんだね。選択権を奪ってから。

ほんとはもっと、私だって、伝えたいことがたくさんあったよ。

でももう言えない、なにも。

“来世ではちゃんと捕まえててよ”

こんな言葉を胸に落としてしまってるから、私たちはきっと、何回やり直してもダメなんだろうな。

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