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いくら削れても心は取り戻せるよ

by ほしゆき

大邱行きの飛行機の中、この一年の棚卸しをわたしはしていた。毎日肌身離さず持っているノートとペンがあって、日記とまではいかないけど、感情が動いたことはすぐに書き溜めるようにしている。

2018年2月

わたしの心は活力を失っていた。

「書くスキルなんてまだまだで、今日の原稿が良いものかどうかもわからない。でも数字の取り方はわかってきた。

それが誰かの心に寄り添ったり、優しくさせたり、背中を押せるものかと言えば、かならずしもそうではなくて。そういう記事を書いた自分を誇らしいとは思えない。」

情けない文字でこう書いてあった。

どんな状況でそれを書いていたのかはもう覚えてないけれど

誇れない、と書いた自分の文字を、優しく読み込んでいた。

誇れない仕事をした、と感じたことは

この時だけではない。

気を抜けば今すぐにでもそうなる。

仕事内容のせいでも会社のせいでもない。

心を削ってしまったと思いながら書いていた日々の学びは、いまのわたしの仕事を豊かにしている。それは間違いのないこと。

社会に出て1.2年目のころってとくに

挑戦意欲と希望を抱いていた自分を押し殺したり、汚しているのではないかと思うことが誰しもにあると思う。

こんなことをするために社会人になったんだろうか、とか。

この仕事がほんとに誰かのためになってるのか?とか。

成し遂げたかったことも、大事にしていた夢も、目を向けることがなくなって、少しずつ自分を嫌いになったり。

でも、失くしても、削っても、汚れても、何度だって心は取り戻せる。

新しいステップを踏んで、新しい人と出会って、新しい価値観に触れて、新しい決断をするたびに何度だって心は豊かになっていく。

「きっと自分に必要な努力だ」と思うなら、綺麗な自分を手放す気がしたとしても、その場で頑張るべきなのだと、10ヶ月前の自分からの教えを受け取った。

これから先、幾度となくそういう場面はやってくると思うけれど

何度でも取り戻せると知った今があるから、我を失うほどの何かを背負ったとしても、きっと怖がらずに進んでいける。

そう思うことは、自分を信じるということでもある。

自分が成長してるのか、前に進んでいるのかわからない時があるけど

いつでも揺らがない指標は、過去の自分に恥じない努力をしているかどうか。

……ということで、今年も仕事納めまであと少し、がんばろがんばろ〜〜!!!

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