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愛に胡座をかくと殺られるよ。

by ほしゆき

「でも私、そんな君のことが大好きだったんだけどね」。

マフラーをきつく巻いた真冬の帰り道、ベンチに腰掛けてバスを待つ。

つま先に積もり始める雪を見つめながら、そう告白したことがある。顔は見れなかった。マフラーの下で喉が小さく震えていた。

長めの片思いをしていたわりに、ちゃんと口に出したのはこれが最初で最後だったと思う。好きだと気付いてから、この恋心を大事にしようと決めたとき、距離が近づいて胸がジンジンなったとき、うまくいかなくて泣いたとき、忘れられなくて心がちぎれそうなとき

「もう無理だ、きっと私は、この人のことが一生好きなんだ」と思った。それは絶望にも似ていた。

消えてくれない「好き」という気持ちは時に凶器で、いちばん心の柔らかいところを狙って滅多刺しにしてくる。痛いと思うほど、積みあげてしまった思い出は返り血みたいに勢いよく鮮明に蘇り、幸せだと感じた数だけもれなく地獄行き。

「もう、忘れたいから付き合って」。

痛みを代わりの誰かで消すなんて、そんなの卑怯だと知っている。だけど心のどこかでそう呟きながら、無条件にも見える優しさに甘えて始まる関係だってある。代わりだと知りながら、抱きしめてくれる残酷であたたかい温もりだってある。

苦しみに耐えているとき、運よく、たまたまそんな人が手を差し伸べてくれたのなら、それも縁ではないだろうか。なんてずるい言い訳をつくって、自分史上一番嫌なヤツだよ、お前。それでも許してほしかった。

届かなかった想いなんかより、

大事にすべき人に対して「よそ見」をしていた事実のほうが、

後になって、何倍も何倍も、滅多刺しにされるのにね。

苦しいほど好きだった人に、「好きだった」と伝えたとき、

涙が出るほど思い浮かんだのは別の人だった。喉が震えた正体は罪悪感だった。

捨て去りたかった想いを、逃げずに辿って向き合って届ける自分になれるまで

愛をくれたのは、隣でバスを待つ君じゃない。

想いを渡す相手を、間違えてはいけない。

大事にしてくれる人を

大事にできるときに、大事にすること。

見誤ったときには、たかが実らなかった片思いレベルの痛みじゃ済まされない。

それもまた、人生で大事な痛みではあるのだけど、味わうなら間違いなく、一度だけでいいはずだ。

「忘れられない人」に、惑わされてはいけない。

別れのあとの夜は地獄みたいで、早くこの暗闇から抜け出したいと思うけど、痛みを抱きしめられるのは今しかない。抗っても抗わなくても、どうせ忘れてしまうのだから、まだ痛みを覚えていられるうちは、今度は目一杯大事にしてあげようと決めた。

それは手を離してしまったあとの、自分よがりな、精一杯の誠意だった。

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