LOG IN

「あ、好きかも」なんて勘違いを、堂々と浅はかに繰り返す

by ほしゆき

はじめにひとつ、暴露をすると、私はすぐに人のことを好きになる。友達としてでも、異性としてでも。

「万年恋煩い」「浅はか」「単純」「アホか?」

何かあるたびに星家に呼び出され、近況を聞かされる隣人・私の幼馴染は、呆れ顔で、深いため息と一緒に、この言葉を吐きまくる。3歳からずーーーっと。20年以上続く“お決まりのやつ”だ。

例えば幼稚園児のとき、なくしたキーホルダーを、クラスの男の子が見つけてくれた。「これかな?」って差し出された瞬間、はい、好き。

小学生、手つなぎ遠足で、1日ずーっと手をつないでいた男の子。好き。

中学生、顧問に怒られて凹んでいた時に、さりげなくチョコレートくれた男の子。好き。

高校生、サッカー部のグラウンドまで飛んでったソフトボールを、「いつもお疲れ」って届けてくれた男の子。好き。

大学生、ミスチル好きを超共感してくれた男の子。好き。

「俺はお前のちょろさを、もはや才能だと思うわ(笑)」この遍歴を毎度大いにバカにされるけれど、誤解を恐れずに言えば、「ちょろくて結構!」と、思っている。

気が多いのとはまた違って、その時好きなのは一人だけだし、彼氏がいると彼氏のことしか眼中にない。「デートをドタキャンされた」とふてくされながら幼馴染を呼び出し、飲んでる間に彼氏から電話が来て、通話が終了した時には「彼氏って最高じゃない?」と言っている。

その笑顔に「ちょろすぎかよ」とまた呆れられる。

こんなやり取りに20年以上付き合わされている幼馴染……控えめに言って、お疲れ様ありがとう愛してる。

いつからか私は、大人にとって『浅はかさ』は時に、最強の味方になりうるものだ、と確信していた。

なぜなら恋愛は難しい。思い通りにいかないことの方が何倍も多い。

何より、好きを自覚した瞬間から、確実に、一度はどこかで傷つくものだとわかりきっている。

歳を重ねるほど臆病で鈍感になってしまうから、誰かを好きだと思った瞬間くらい、とことん従順に心を差し出し続けたかったのだ。

“好きだ”なんて、ただの勘違い。

だって最初は、ほんとに相手の一部しか知らないのだから。ただ単に、優しさが嬉しかっただけ、そのタイミングでたまたま居たのが彼だっただけ。

LOVEにfall inしている………わけ、ない。

必然でも運命でもなく、そこに加わる引力は意志だ。

誰でもよかった、から、この人じゃないと嫌だ、に変える時間は、自分の意志で、感情に名前を付けるところから積み上げられていく。

入り口の浅はかさなんて、どうでもいい。むしろ永遠に、浅はかでいたいとすら思う。

だって“ただの勘違い”で、こんなに世界を変えられるのは『恋愛』だけだから。

感情をスルーせずに、とりあえず、ひとまず、迷うことなく心を丸ごと捧げてみる。その結果は、自分で見つけにいく。

ちょろくなかったら、きっとバックパッカーにもなれなかったし、会社員を辞める選択だって出来なかった。リスクは承知のうえで、それでもやっぱり、心の変化に、いつでも単純で、素直でいたい。

“ちょろ浅”が大人に教えてくれることは、想像以上に多い。

OTHER SNAPS