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平成ラストサマーに、歓喜したゆとりたち

by ほしゆき

生まれて、育って、気がついたら「ゆとり」だった。

その3文字は別に、平成生まれが作り上げたものでもなんでもなかった。気がついたらカテゴライズされていて、みんな一緒にラッピングされて名付けられていた別に愛着なんてない。知ったこっちゃない。

ただお利口に学校に通って、部活をして、受験をして、「こう育てるべきだ」というルールに歯向かうこともなく生きてきた。

そして社会から、この3文字を名付けられた。

平成ラストサマー』の空間にいたすべての人が、そうして背中に3文字を貼られながら日本で暮らしてきた人たちだった。

小学生のころ、早起きして見ていたアニメの主題歌に飛び跳ねる。車の中で母がよく流していた曲をみんなが歌う。中学時代に衝撃を受けたロックバンドは、みんなのスターだった。

ーーーねぇ、なんで知ってるの(笑)?

私の手がとどく小さな半径でつくられていたはずのその歴史は、見ず知らずの人たちと今になって共鳴しあって融合した。

異様な光景。

生まれてから一度も顔を合わせたことのない人たちと、ずっと一緒に成長してきたかのように同じ曲に同じ反応をして同じように記憶を辿りながら同じように大声で歌っている。

それは、“私たちも時代をつくってきたのだ”という、はじめての実感だった。平成は、私たちが歩んできた時代に違いないのだと、抱きしめた。

あいみょんがTwitterで呟いた「スピッツは私の醒めない夢です」は、ここにいる人たちの言葉でもあった。

「何者か」に、いつもなりたかった。今も。

何者かになりたくて、でも何者でもなくて。何者にもなれない自分と社会の間で、もがいたりあがいたり逃げ出したくなったり、んでバカみたいだなってSNSみながら虚無を抱いたり

そんなの多分、きっと、みんな同じだった。

悔しいのも、今までレッテル貼られて多少なりともウザかったのも、みんなきっと、同じだった。

最後の夏を終えようとしていたHOTEL SHE,OSAKAは、そういう平成生まれのすべてを、丸ごと飲み込んだ箱になっていた。

強烈に、居心地がよかったんだ。

平成生まれの全員がきっとそう思うだろう。あれは、あの時間は、あの空間は、平成生まれのための圧倒的な居場所だった。

私たちだけの、無法地帯だった。

Top photo by モリシタヨウスケ

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