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「別れた恋人の、幸せなんか願わない」

by ほしゆき

「俺は幸せになってほしいとか、思ったことないよ一度も」

久しぶりに元彼が電話をかけて来たと思ったら、ひどいこと言うな、と笑ってしまった。

「わからなくもないけど、私は基本は、幸せに過ごしていたらいいなぁって思うけどね。」

「つまんな。」

この男は本当に口が悪い。

「後悔しろって思うし、苦しい時間を過ごせと思う。でもそうだろ。心のどこかで、少しも1ミリもそんな感情の生まれない別れなんてないだろ。振った側も振られた側も。別れましょ、じゃあねバイバイ幸せになってねってなんだよ。気持ち悪い。」

別れた恋人の幸せを願えないのは、悪いことでしょうか。

でも、そんなの当たり前のようにも思う。それを未練と呼ぶのは簡単だけれど、一概にそう名付けることなんてきっとできない。

本当の愛は、その人の幸せを願うこと、とはよく言うけれど

誰かのことを本気で好きだった記憶っていうのは、いつまで経っても少し苦しい。

そもそも、嫌いになって別れたわけじゃない。なんてカップルはごまんといて、私たちもそうだった。

うまく大事にできなかった。

それだけだった。

好きなものを、上手に好きでいつづけるのは、結構むずかしいものだ。

好きだからといって、生活のほとんどの時間を恋人に費やしても「幸せの密度」が高くなるとは限らない。いつも近くにいる、と、大事にできている、は、必ずしもイコールではない。

何事にも、【最快の距離感】というものがある。仕事も恋愛も友達関係も、家族も。

うまく見つけ出せずにいると、こうして破滅してしまう。

見つけ出さなければいけないタイムリミットがあった。

もとどおりに直すことも、つくり直すこともできないなら

じゃあ気持ちはどこに向かえばいいのだろう。

綺麗に包んで、幸せになってね、なんてたしかに気持ちが悪い。

「幸せなんて願ってない」「うざったい」「後悔しろ」「苦しめばいい」

口にしても、どこにも届かない。気持ちの行き場なんてもうどこにもない。

好きだった、大事に思っていた、その塊を自分の手で刺しながら

相手のことを心の中で攻撃しても、いいと思う。

黙って綺麗な言葉だけを連ねるのが大人だとか、騒ぐのが子どもだとか、愛情の果てにそんな基準はない。

「幸せなんて願ってない」と言われるたびに、「幸せになってね」と言われているような気がした。

ちょっとおかしいけど。

反対に、「幸せになってね」なんてかつて私が口にした言葉は、薄っぺらくて、どんな言葉より嘘のようにも思えた。

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