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あれはきっと、失恋の涙だった。

by ほしゆき

ずっとそばにいた人の温もりと愛情を

言葉に出して終わりにした時

この瞬間からもう他人だと、実感が湧いてきたらどんなに楽だろうと思う。

「いた人」が、いなくなった実感が襲ってくるのは、

とてつもなく普通の日常を過ごしているときだ。

よく一緒に飲んだコーヒーを自販機で見たとき

好きだったパンの種類を避けたとき

車で聴いていた曲が、薬局で流れ始めたとき

ほんともう、勘弁してよと言いたくなる。視界が歪んだりするから厄介。

でもそれが、本当の痛みだったりする。

別れ話をした後の帰り道、なんとなく溢れさせた涙よりも。

逃げ出したくて、忘れようと必死になるくせにね。耳に流すのは、わざわざ失恋ソングだったりするもんだから音楽に手を伸ばすときの、本音ダダ漏れ感は怖い。

わざと感傷に浸るのは、まだ忘れたくないから。

痛みが残っているうちは、「いないことに慣れる自分」にはならないから。

無理やり消した後の、赤い愛情の残りカスはこするほどに溢れてくる。

勘弁してよ、と思うでしょう。まだ忘れていないことを、心のどこかで嬉しく思いながら。

夏の夜、電車の中でひっそり流れた女の子の涙を見て

耳につけたイヤホンが、消えてくれない残像を、瞳に映したのだと思った。

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