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そんなに自分を責めなくてもいい。

by ほしゆき

「後悔しないように今日を生きる」

誰だってそんな風に今日を生きていたい。

投げやりにではなく、けれどどうしても、後悔してしまうような日だってきっと多くの人にはある。

例えばすっごく入りたい大学の受験がうまくいかなかったとき

「お前は本当によくやったよ」と誰もが声をかけてくれたって

精一杯頑張ったと自分で思えるくらいやりきったとわかっていたって

「あのとき、もう少し」と、思わずにはいられないような気持ちが存在する。

そんなときが、ある。

「過ぎ去ってしまったことはどうしようもない。」

そんなことは、本人がよく分かっている。そんな言葉では踏ん切りのつけようもない。

あの日、あの時、もっと自分に厳しくなれたなら。優しく心と向き合えたなら。努力できたのなら。

たった一つのその目的を達成するためにする努力は

努力できる時に、努力できなければ意味がない。

それが取り返しのつくものなら未だマシだけれど、高校受験のように、その日、その時にしかそのチャンスは持てないときだって人生にはたくさんある。

年齢的なこともそうだけれど、人と人の繋がりはまさにそうだ。

一瞬を逃したら、もう出会えない。もう分かり合えない。もう一緒に努力できるチャンスは巡ってこない。

出逢いは本当に閃光のように流れていて

何か少しの要素によって日々変化する。

考えてみてほしい。あの日、あの時あの場所に居なければ、親友も、恋人も、尊敬する人も、出逢うことができなかった。

今や居ないことが考えられない大事な人たちだって

何か一つが狂っていただけで「居ない人生」が普通になっていて、未だに知らない人だったかもしれない。

そんな風に巡り合わせは本当に一瞬、私たちの前に転がってきて

それに気づいて、拾って、手を繋いで、大事にできたから、大事な人はいまここにいる。

それは「当たり前」とはかけ離れているからこそ

大事な人は

大事にできる時に、大事にできなければ意味がないんだ。

疎かにしたら、あっけなく消えてしまう。

死んでしまったらもう、「ありがとう」すら伝えることができないのと同じように。

後悔を伴う別れは悲しい。どんな別れだって悲しい。

行きたかった大学を目指していた自分と別れることも

感謝を伝えきれずに遠くに行ってしまった親友との別れも

成長した姿を見せる前に亡くなってしまった大事な人との別れも

行き場のない「あの時、もっと」を、抱えるしかない自分でいることは、とても苦しい。

けれど私は、そんな思いを「捨てる」ことは出来ない。

捨てて、逃げてしまうことは簡単だと誰かは言う。そんなの嘘だ。

「しょうがなかったんだよ」「もう忘れよう」「忘れてしまおう」「十分努力した」と、

無理やりその感情に「可燃ごみ」のラベルを張って、自分の足でゴミ捨て場に持っていくことの、何が簡単だというのだろう。

どうしようもない後悔や苦しみを、自分で押し込めたり、気持ちを断ち切ったりすることは

物凄く苦しいし、切ないし、痛い。

捨てようとすることだって、何倍も苦しいのだ。

それは、前を進もうとしているという努力であることに違いはない。

だからせめて、「捨てる」と決めたのならば、捨てた自分を「逃げたのだ」なんて後からレッテルを貼らないでほしい。そんなことを自分で思っては、あまりにも自分がかわいそうだ。

その時の痛みを、ゴミ捨て場に行くことでもう十分味わったのだから、それは「逃げ」なんかじゃない。

私にはそれが出来ない。

行き場のない後悔を、捨てることは出来ない。往生際が悪いと言えば、確かに前者より、往生際は悪いかもしれない(笑)

「捨てる」ことのできない私は、真逆に、「大事にする」

完全に捨てきることも、完全に大事にすることも

とても時間がかかる。

どちらが楽かなんて、天秤にはかけられない。どちらも苦しい。

「捨てようとしてみても、上手く捨てられないから諦める」という表現の方が適格かもしれない。

こういう感情の処理の仕方は適性があるし、性分によって変わってくるよね。

捨てるのは苦手だ。

だからそばに置いておく。振り払いたくて好きになれなくてもがきながらも、大切にする。

深い後悔や悔しさや、苦しさを抱え続けることは、すごくエネルギーを伴う。

だからこそ良くも悪くも、自覚できないような速度で少しずつ薄れていってしまう。

どうせ、ずっと直面した瞬間の時のまま、保存しておくことは出来ないから

ーーーーだったら、と思う

消えてしまうのなら、

心の中にある時間くらい

その痛みにまだ涙が出るほどに、そのわだかまりと心が近くにある時くらい

めいっぱい抱きしめたっていいじゃないか。

捨てることも出来なくて苦しんでしまう自分ごと

自分が受け入れてあげればいいじゃないか。

「あのとき、もっと」と思ってしまうからこそ

じゃあ次にどんな成長のために努力しなければいけないか、なんて課題は、どうせ嫌でも散々直面しなければいけないのだから。

そんなこと、わかっているのだから。時間をかけてもがく自分を、そんなに嫌わなくてもいい。そんな自分を、許してあげたっていい。

「自ら捨てきるためにがむしゃらな自分」を認めてあげたっていいし

「捨てられない自分」ごと許してあげたっていい。

みっともないほど情けないぐしゃぐしゃな自分だって、たまにはいい。

自分で愛してあげればいい。

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