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泥沼関係になり得る世界が、想像以上にそこにあった話。

by ほしゆき

「そりゃあ、大変だったなぁ。(笑)」

深夜0時を迎えた夜の街を、私を乗せたタクシーが颯爽と走る。

あの説得とも言える攻防戦は一体何事だったのか。

なんとも言えない疲労と、ようやく解放された安堵がまじり合う。

運転手さんが優しく声をかけてくれた。

最近、まっったく待ってくれない「恋愛」と遭遇した。

あれを「恋愛」と呼んで良いものなのかも定かではないけれど。

決断を秒で迫られる体験をした。

好きかどうか

付き合うのかどうか

わたしは自分でも驚くほどに、パニクった。(笑)

ほとんど「えっ」という単語しか口にしていなかったと思う。

でもその人は

そんな私をフルシカトして答えを要求したのであった。

本当に好きだとしたら

答えを秒で要求したりするのだろうか。

無理矢理答えを出せと

その場でテンパってる人を繋ぎ止めるのだろうか。

その人はまったく私を待たなかったし、私の思考回路も待たなかった。

もはや今は恐怖体験として記憶に残っている。

もう好きだの付き合うだのうんざりだ、なんて思ってしまうくらいだったし

「答えを出せ」と「おかしい、待て」の攻防戦によって終電を逃した私はタクシーで友達の家に逃げ帰りww

幼馴染には「お前ほんと馬鹿だな!」と叱られ、もう散々だ。

あれほどまでに何の尊重もされずに

答えを迫られるのは形容しがたい居心地の悪さであった。

(攻防戦を行う必要もないことがわからんのかともう散々言われたので言わないで私は耳が痛いよおおおお。)

そして私は心の底から学んだのだ

「相手を待つ」という行動が表す愛情の深さを。

好きだとか大事な人だとか

言葉よりも行動で深く伝わるものがある。

そのひとつが「待つ」という行為なのだ。

何もデートの遅刻を待つということだけではなくて

「心理的に」待つということ。

今の相手の心情や、体調や、足並みをちゃんと見て

どんな気持ちでいるのか

どんな不安を持っているのか

寄り添ってから、言葉をかけること

そばにいること

話したかったことを話すこと。

私はこう思ったらこう!!思ったらする!間違えたら反省する!次!

みたいなスピード感でハッキリ答えや行動に移すことを好んでしまう人間で

かつ話したがりだからこそ

家族にも友達にも、ワーーッと話してワーーッと盛り上がることが多い。

遊びの予定とかもその盛り上がったまますぐ決まる。

それがもちろん良い時もあるけれど

相手の気持ちを大事に考えてタイミングを計る、ということ

相手にとって居心地の良い時間の流れであるように

相手のペースを知ろうと、知りたいと思うこと。

それは愛情の深さが反映された行為であると心底思った。

そして今まで以上に人と関わる上で大切にしていきたいと思い直した。

秒で答えを要求されたとき

私は大切に思われていると全く思えなかった。時間が欲しいという要求をバッサリ断られたとき、それが「好き」だなんて言葉になる感情なのかと疑問だった。

ペースを合わせろ。

と要求されることは思ってる以上に苦しいし、虚しさを伴うものなのだ。

それ以前に

受容のない一方的な要求に愛情を感じ取ることはほぼ不可能で、

それくらいには、人にダメージを与えてしまう行為だ。

その人が本当に好きで

大切に思うのならば

「待つ」という選択の重要性を忘れて欲しくない。

これは何も付き合う前の話だけではなくて

むしろ心を許しあったカップルだからこそ

「待つ」ことで愛情を表現する術をもつことに価値があると思う。

気を許すとどうしても人は

自分のペースで主導しがちになってしまうから。

もしかしたらそれが

小さくいつも、誰かを傷付けているのかもしれない。と

恐怖体験を経て

わたしも心より学んだ次第であります。

大切な人のペースを大事にする、ということは

その人をとても、大事にするということだった。

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